くちさきだけの『たんのう』

くちさきだけの「たんのう」 陽気ぐらし

天理教○✖教会、教会長の妻B子の口癖は『たんのう、たんのう

夫の母である前教会長の義母は、いつも口やかましくB子に対してアレコレと指図します。
まるでシンデレラの継母よろしく『味付けが辛い!』『掃除が行き届いていない!』『出来の悪い嫁だ!』と辺り構わず罵倒するので教会内はいつも険悪な雰囲気。
夫は義母の厳しい態度を注意しますが、『私はあの出来損ないを丹精しているんだよ!ひよっこは黙っておいで!』と聴く耳を持たず、立場上、前教会長の母に強く反論する事もできません。

そんな時、B子は笑顔で『たんのう、たんのう』と繰り返します。

現教会長の夫は道専務(教会の仕事だけに専念)。
信者も年々減少する一方で、義母にも年金などの収入が無いため、B子は昼間はパートで働き、少ない稼ぎの中で家計をやり繰りしていますが、義母は『無駄使いが多い!贅沢をするな!』と一言の労いもありません。

それでも、B子は笑顔で『たんのう、たんのう

ある日、B子は体調を崩してゴホゴホと咳き込みながら神殿掃除をしていると、『日頃の心遣いが悪いから身上に見せられたんだ!しっかり働いて反省おし!』
優しい心をかけるどころか、『心を込めて廊下を磨くんだよ!』と得意満面の様子。

それでも、B子は笑顔で『たんのう、たんのう

だけど翌朝、B子は40度以上の熱を出して寝込んでしまいました。
そんなB子の姿を見た義母は
『教会長の嫁が身上で寝込んだら、信者達に顔向けできやしない!』
『なんて恥ずかしい嫁だ!教会の面汚し!』
義母は身上を気遣う素振りもなく、一日中枕元でガミガミと口汚く罵りました。

B子は高熱でうなされながら、うわ言の様に『たんのう、たんのう』と繰り返し、その瞳には薄っすらと涙を浮かべていまいます。

夫は頭を抱えるばかり…

その一部始終を陰から見ていた信者Cは、玄関先に掲げられた旗『陽気ぐらしの天理教』を静かに下ろし、教会を後にしました。

さて…
この○✖教会、一体何が問題なのでしょうか?

答えは簡単ですね?

この教会の問題は、
口先だけのたんのう

義母の態度?
働かず、義母に強く言えない夫?

そこは問題の本質ではありません。
この教会は一家揃って『たんのう』の意味を履き違え、陽気とは正反対の方向へ逆走し、陰気ぐらしに拍車をかけていたのです。

B子は口では『たんのう、たんのう』と言いながら、心の中では『がまん、がまん』と辛抱していました。
いつか義母が優しくなると信じて、いつか信者も増えて、収入も安定し状況が改善すると信じ続けて。

義母は義母で『たんのう』の意味を『がまん』と思い込み(自らも親会長の理不尽な指図を我慢して通って来た)、本気でB子を丹精していると勘違いしていました。

そんな義母に育てられた夫も同様に、B子は一生懸命『たんのう(がまん)』していると評価していたのです。
そして世間で働かず、あえて苦労に身を置く道専務こそ『たんのうの人』と信じ込んでいました。

○✖教会では誰一人『たんのう』を運んでいなかったので、義母は陰険な態度をいたずらに助長させ、道専務を気取る夫に働かない口実を与え、B子は一人でパートと教会の雑用を負担した挙句に過労で倒れたのです。
そんな陰気な雰囲気が蔓延した教会なら信者離れを引き起こすのも当然と言えば当然。

口先だけのたんのう』で、思惑通りに状況が改善するなら、とっくの昔に天理教は世界宗教の地位に君臨していたでしょう。

たんのう』とは現状を耐え忍ぶことではありません。
現状を耐え忍ぶことは、現状を維持し、問題を先送りしているに過ぎません。

義母の傍若無人な振舞を『そのままで大丈夫、そのままで大丈夫
夫が働かず収入源が無くても『そのままで大丈夫、そのままで大丈夫
B子の少ないパートで家計を支え、教会の雑用との両立で心身を壊しても『そのままで大丈夫、そのままで大丈夫
信者の足が遠のいても『そのままで大丈夫、そのままで大丈夫
と、実際は問題だらけの状況を放置しているも同然。

これでは何も心を運んでいないも同じです。

もし、B子が現状に不満は一つもなく本心から『たんのう』していたら、義母の態度や、貧困や疲労を上回る陽気(ならん中のたんのう)が状況を一変させ、本当に『そのままで大丈夫』だった世界線もあったかも知れませんが、『たんのうの心』が育つ前に無理を重ねて心身を壊せば元も子もありません。

それでは、一体どうしたら良いのか?
現状に『たんのう』出来ない場合、どんな方法が最も理に適うのでしょうか?

この答えも簡単です。

形を変えれば良いのです。
現状の『たんのう』できない形を、『たんのう』できる形へと変えれば良いのです。

○✖教会のケースで形を変えるとしたら?
・義母と別居する。
・夫に道専務を止めさせ、社会に出て働いてもらう。
この二つの形を変えるだけで、無理なたんのうを運ぶ必要はなくなります。

たんのう』とは、与えられた形を黙って受け入れる事ではありません。
『たんのう』とは、与えられた形の中に陽気の種を見つけ出し、その向きへ心を動かすことです。

例えば台所の蛇口からポタリポタリ水漏れしているとします

『水漏れしているけど、ポタリポタリと少量だから大難は小難でたんのうできるわ!』

これも一つの『たんのう』かも知れません。

でもパッキンを交換すれば即座に水漏れは停止するのに、たんのうが水漏れを放置してしまい、長い目でみたら水道代を損している事になります。しかも、パッキンが独りでに修復することはなく、いずれ大難へと発展する危険を孕んでいるのです。

『そうだ!新しい蛇口に交換すれば水漏れも治まるし、使い勝手も改善されるから一石二鳥!』

これも苦難の中に陽気の方向性を思案することで閃いた、たんのう故の発想です。

貴方なら、どちらの『たんのう』を選択しますか?

大抵の人は水道修理か交換を選択しますよね?
というか選択の余地は無いほど道理に適った選択です。
これが水道の水漏れの様に、状況を客観視できるなら判断しやすいのですが、家族の縁や上下関係、独自の風習で雁字搦めにされた○✖教会の渦中において、後者を選択する事は至難の業と言えます。

水道の水漏れで言えば、水道代が捻出できないから修理も交換も出来ず、状況維持を選択している様なもの。
でも水道代が払えないなら、知恵を働かせて代金を工面すればいいのです。
身体が弱く働けないなら福祉に頼り、丈夫な身体があるなら働けばいいのです。
もちろん、働きたくないなら水漏れを我慢するしかありません。

どんな選択も其々の自由です。

B子一人に『たんのう(がまん)』させ続けるか?
義母と別居し、夫を働かせるか?

さて、○✖教会はどんな選択をしたのでしょうか?

B子:(,,•ω•,,)و
お義母さま。
わたくし今の生活を『たんのう』する為に、心機一転、別居させて頂こうと考えています。

義母:Σ(゚Д゚)
はぁあ!?
スッキリとした笑顔で何を言い出すのかと思ったら、頭でもおかしくなったの?

B子:(,,•ω•,,)و
いえいえ。
心は陽気に満ち溢れています!

義母:ヽ(`Д´#)ノ
わはははは!
悟り違いも甚だしい!
今の生活をたんのう出来ずに、何が陽気だよ!
思った通り根性のない女ね!
せっかく私がたんのうの心を丹精して上げたのに、この恩知らず!
いいわ!アンタは一人で教会を出ていきなさい!

夫:(・_・)
え?
俺もB子と一緒に教会を出て行くよ?

義母:Σ(๑°ㅁ°๑)
はっ、はいーーー?!
ちょっとナニ寝言ほざいているの?
長男の息子ちゃんが教会を出て暮らしていける筈ないでしょう!
教会を離れたら身上に見せられるわよ!
因縁は恐ろしいのよ!!

夫:(・_・)
うん。
確かに教会の長男に生まれた因縁に苦しめられて来たよ。
でも、これからは因縁に負けず、俺がしっかり働いでB子を支えるから、お母さんは安心してください。

義母:(゚Д゚;≡;゚д゚)
そ、そんな!
アタシはどうなるのよ!?
親を見捨てると言うの!!
天理教では親の言うことは絶対なのよ!!
親不孝のわからんちん!!

夫:(・_・)
大丈夫!お母さんなら『たんのう』できますよ。
理の親として私達に手本を示してください!

義母:ヽ(`Д´#)ノ
馬、馬鹿仰い!
理の親であるアタシに従い『たんのう』するのがあなた達二人の役目でしょうが!!
代々続いた教会をアタシの代で潰すなんて先代に申し訳が立たない!
キーーーー絶対に許さないわ!!!

夫:(・_・)
こんな教会なら潰れた方がよくない?

義母:( ´・д・)
え?

夫:(・_・)
道専務などと形ばかりの体裁に拘り、B子に負担を掛け続け、無理な『たんのう』を強いた結果、一体何が残った?
母さんだって丹精とか、理の親とか、良く分からない教義に毒されたせいで、B子と顔を合わせれば眉間に皺を寄せて怒鳴り散らしてばかり。全然幸せそうに見えない。
それならいっそのこと教会を離れて別居した方がお互い平穏に暮らせるよ。
信者も離れて行く一方だし、誰一人陽気暮らし出来ない教会なんて存続する価値が無いと思わない?

義母:(;゚д゚)

B子:(,,•ω•,,)و
教会さえ無ければ、私とお義母さまも仲良く暮らせたかも知れません。
もしお義母さえ良ければ、私達と一緒に教会を出て暮らしてみませんか?

夫:(・_・)
そうだよ!
今の形に拘る必要なんてないんだ!
現状を満足の向きへ変える心の働きも『たんのう』なんだよ。

義母:ε- (´ー`*)

フーーー
確かに、あんたたちの言う通りだわ。
間違っていたのは私の方。
うすうす気が付いてはいたけれど、先代から受け継いだ信仰の呪縛から逃れられなかった。
でもようやく目が覚めたわ。
B子さん、今まで辛く当たってごめんなさい。自分が恥ずかしい。
息子ちゃん、否、息子よ。
いつの間にか立派になって。
私よりも、ちゃんとご教理を勉強していたんだね。

夫:(・_・)
ああ、『天理の教え』というブログで勉強したんだ。
ご教理が体系的に纏められ、理路整然として大変分かりやすかったよ!

義母:(。 ・ω・)
『天理の教え』?
私も風の噂で聞いたことがあるわ。
なんでも管理人による教理解釈は他の追随を許さず『ブログ訪問者を喜ばせずには帰さん!』がモットーで、その上、超イケメンらしいわよ。

B子:(´・_・`)
それってどこ情報?
私は薄毛の変態おやじって聞いたけど?

夫:(・_・)
まあ、何はともあれ遺恨も残さず、新たな喜びの形へと三人の心が治まって本当に良かった!
神様、ありがとうーーーございます!

B子:(,,•ω•,,)و
それじゃあ、引っ越しするのも面倒だから、引き続き教会で暮らしましょうか?

夫:(・_・)
賛成!賛成!

義母:( ゚д゚)
?!
フッ、私とした事が一杯食わされたわね。
ちくしょーーー!完敗だわ!!
今日はやけに夕日が目に沁みやがる!!

信者C:˚º·(˚><)º·˚
わーーーん!
これぞ陽気ぐらしの天理教じゃぁーーーーーー!!!

END

どうやら○✖教会では、知恵を絞って三人揃って喜べる形を選択したようですね。

もしB子が恨みつらみで義母との別居を選択し、クズ亭主働けや!と怒りの鉄拳制裁を加えていたら、未来へ遺恨(悪因縁の種蒔き)が残り根本的な解決にはなりません。
それも我慢と同じで問題の先送り、否、悪因縁の上塗りです。

義母と別居する行為は、自身の因縁から逃げ出し『与えに満足できない不足』と考える方も一定数いると思いますが、問題(口先だけのたんのう、教理の誤解)感情(義母への不足)を切り分けて、問題の本質に向き合い陽気の方向性へ心を動かすことは『たんのう』から導き出される発想であり、『ならん中のたんのうは前生さんげ』の指図通りに悪因縁は抹消されるのです。

そもそも、B子と同じ境遇を『たんのう』出来る人がいるでしょうか?

勿論、おやさまなら『たんのう』出来るかも知れませんが、今の私達には、おやさまと同じ『たんのうの心』が備わっている訳ではありません。
それに、おやさまなら間違いなく〇×教会一同に対して心得違いを諭されるはず。

おやさまは究極的な『たんのうのひながた』を示されましたが、B子にはB子の心の段階があり、其々には其々の心が許容できる『たんのう』の段階があります。
其々の段階で無理のない『たんのう』を運べたら、神様は十分にお受け取りくださいます。

苦難の最中に、陽気の方向性を発想できなければ、『たんのう』なんて絵に描いた餅、机上の空論です。

水道の水漏れを『たんのう(がまん)』するより、新品の蛇口に交換して『たんのう(満足)』を運ぶ方が、陽気の方向性だと思いませんか?

以上、口先だけのたんのう』、でした。

END

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